のぶさんのデジカメ散歩

リタイア後の気侭な人生、デジカメ散歩を謳歌してます。
0512345678910111213141516171819202122232425262728293007

日本橋川橋散歩 ④

日本橋川には、橋が25カ所架けられているようです。今回は、前回の港橋を含め8カ所を渡り写真に収めましたが、残りの橋を番外として近日中に歩くつもりです。

004 日本橋川橋散歩 20151121-031

004 日本橋川橋散歩 20151121-032

西河岸橋
日本橋の西にあたり、かつて船着き場と土蔵が多く並び、城 辺河岸と呼ばれていた。橋名もそれにちなむといわれている。 また、泉境花の名作「日本橋」の舞台として名高く、地蔵市は大 変な人出だったという。  日本橋室町1 -1 ~八重洲1 -1

004 日本橋川橋散歩 20151121-033

004 日本橋川橋散歩 20151121-034

             004 日本橋川橋散歩 20151121-035

日本橋西河岸地蔵寺
日本橋西河岸地蔵堂に安置されている地蔵菩薩は、奈良時代、人皇44代元正天皇の御宇、行基菩薩が諸国御巡礼の折、自らが彫刻した御丈2尺8寸の御尊像だと伝えられ、「至心に祈願し奉れば、日ならずしてご利益を蒙る」ことから日限地蔵尊と称されます。
享保3(1718)年9月、西河岸と呼ばれていたこの地に移り、通称「西河岸のお地蔵様」と呼ばれるようになりました。当時は日本橋西河岸地蔵寺は、お正徳院といい、全国でも有数の寺として数えられ、天皇直々に拝謁奏上のできる格式高いお寺でした。 
 日本橋呉服橋

004 日本橋川橋散歩 20151121-036

004 日本橋川橋散歩 20151121-036-02

一石橋
昔、この橋の北に金座の後藤屋敷が、そして、南に呉服の後藤邸があった。 そこから、 両方の後藤(五斗)をあわせて一石に、 というのが名称の由来とされている。 1600 年代に架けられたが、現在の橋は昭和50年のものである。
日本橋本石町1 -1 ~八重洲1 -1 1


004 日本橋川橋散歩 20151121-037

004 日本橋川橋散歩 20151121-038

             004 日本橋川橋散歩 20151121-039

004 日本橋川橋散歩 20151121-040

一石橋の親柱
江戸城の外濠が日本橋川と分岐する地点に江戸初期からあった木橋です。名前の由来は北橋詰に幕府金座御用の後藤庄三郎、南橋詰に御用呉服商の後藤縫殿助が居り、両後藤=五斗+五斗=一石で、一石橋と名付けられたと伝えられています。
 大正11年6月に木橋からRCアーチ橋(鉄筋コンクリート)に改架され、橋長43m余、幅27m余で花崗岩の石張りの立派な橋となりました。親柱は4本、袖柱は8本の構造で、橋幅は広く、中央を市電が通っていました。翌12年9月の関東大震災でも落橋せず使用されていましたが、昭和39年の首都高速道路の建設で改修され、親柱2本を撤去、同年48年に鋼鉄橋梁となり、袖柱4本も撤去。RCアーチ橋創建当時の親柱は2本残っていましたが、平成9年に大改修をした際に1本を残して撤去されました。
 残った1本は大正11年改架当時の重量感ある大型の親柱で、関東大震災以前のRCアーチ橋のものとしては、都内最古の親柱として貴重な近代文化遺産です。

東京都中央区
Panasonic LUMIX GH3 14mm-140mm(35mmフイルムカメラ換算 28mm-280mm)
2015.11.21 撮影

【 2015/11/26 (Thu) 】 東京散歩 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

黒ねこ時計 くろック B03
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
プロフィール

のぶさん

Author:のぶさん
のぶさんのブログへようこそ!
Doblog から引越し、早いもので6年を経過し、訪問者も延べ10万人を超え喜んでおります。
千葉市に住み39年、気侭にデジカメ散歩を楽しむ、のぶさんは、孫から、ジイジと呼ばれております。
これからも、元気の証としてブログに写真投稿を続けます。(2015.06.16)

写真は、桔梗の花 
 2010.07.08 撮影

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード